【テーマⅡ】 ニッパヤシからの塩作りワークショップ

【テーマⅡ】ニッパヤシからの塩作りワークショップ~ニッパヤシから塩を取り出してみた~持続可能な地域資源の活用の試み~

 荒川共生(ボルネオ保全トラスト・ジャパン)

<背景>

第1回のカリマンタン・スタディツアー。テーマは「持続可能な地域資源の活用に向けた行動」です。訪ねたのはインドネシア・中央カリマンタン州のタンジュン・ハラパン村。もともとこの場所は豊かな熱帯雨林や泥炭湿地林でした。ところが、1996年、村の近くでアブラヤシプランテーションの開発が始まります。その後、プランテーションが原因とみられる水質汚染や洪水が度々発生します。さらに2012年、プランテーション開発が拡大し、村人の大半は土地をプランテーション企業に売り渡してしまいました。自給していた米や野菜、生活用品の購入にも現金が必要になっていきます。現金収入を確保するため、9割近くの村人がプランテーションで働くようになりました。また違法伐採や違法金採掘を行う村人もいました。

<青年団の立ち上げ>

2016年、こうした状況を少しでも良くしようと、活動を始めた若者たちがいました。村やタンジュン・ハラパン国立公園で活動していた環境NGO「FNPF」で長年スタッフをしていたAdutが中心となり、それまで休止状態だった村の青年団が再結成されたのです。青年団は、持続可能な地域資源の活用を目指し、農業と植林を組み合わせる「アグロフォレストリー」、植林のための育苗、農薬や殺虫剤を使わない「オーガニックファーム」、外部からの観光客を誘致し、現状を学ぶ旅「エコツーリズム」、そして将来の村の担い手である子どもたちへの「環境教育」などに取り組み始めています。

<地域資源としてのニッパヤシ>

第1回のカリマンタン・スタディツアーを企画するにあたり2018年4月に下見をしました。、Adutさんに現場を案内してもらいました。ツアーのテーマは「持続可能な地域資源の活用」。村が位置するセコニャール川を船で遡るうち、このあたりには大変豊かな地域資源があることに気が付きました。「ニッパヤシ」です。セコニャール川の河口にあるクマイという漁村から、タンジュン・ハラパン村にかけて、絶え間なくニッパヤシが繁茂していました。河岸が見えないほどの密度です。ニッパヤシは泥炭湿地に生育するヤシの一種です。1日2回の潮の満ち引きがあり、淡水と海水が入り交じる汽水域で、足を入れる隙間もないほど群生するため、ニッパヤシが生える場所は開発から取り残されてきました。

しかしこのニッパヤシ、その用途が多岐にわたる「スーパー植物」なのです。その葉は屋根や家の壁の素材となります。また花芽から得られる樹液を煮詰めると「砂糖」が採れます。樹液をそのままおいておくと発酵して「酢」ができます。さらにおいておくとアルコール発酵がすすみ「酒」が採れます。

 

もっとユニークなのはこのニッパヤシから「塩」が採れることです。私が主にフィールドにしているボルネオ島北部のマレーシア・サラワク州のある地域では、ニッパヤシから塩を取り出すということが行われています。汽水域に生息する植物は、なんらかの方法で、塩水に対処しています。ニッパヤシは、水分とともに塩分も植物体内に取り込み蓄積する、という対処方法をとっています。サラワクの先住民族はこの性質を把握していて、ニッパヤシから塩を取り出す知識が伝承されているのです。私はこの人たちから、塩を取り出す方法を教えてもらっていました。

 

世界中には多様な塩があります。ヒマラヤの岩塩やウユニ塩湖の塩など、海から離れた場所で得られる塩もあります。しかし植物から塩を得る、というのは世界中見てもボルネオ島の一部に限られているのではないかと思います。Adutさんに聞くと、セコニャール川ではニッパヤシから塩を取る、ということは聞いたことがない、とのこと。これだけ豊かにある「地域資源」であるニッパヤシから塩を取り出し、希少価値の高い特産品として売り出してみるのはどうだろうか。Adutさんと一度試してみよう、ということになり、その実験を第1回カリマンタン・スタディツアーで行うことになりました。

 

<ニッパヤシから塩を取り出してみた>

ニッパヤシから塩を取り出した手順は以下です。

1)少なくとも1週間前までにニッパヤシの葉を根本から刈り取り、天日で干す。

(できるだけ海に近い場所に生えているニッパヤシを選ぶ)

2)乾燥させたニッパヤシの葉を適当な大きさに分断し、燃やす。

3)燃やした後の灰を、大鍋にすくい取り、水を加える。

4)灰を布でろ過する。

5)ろ液を大鍋で煮詰める。

<実際はどうだったか>

青年団の協力を得て、1週間ほど前に15枚ほどのニッパヤシの葉を採集してもらっていました。しかし、天日干しはされておらず、かなり水分を含んだ状態でした。そのうち5枚ほど選び、細かく切り刻み、燃やします。ニッパヤシ単独では水分が多すぎるため燃えません。別途薪を燃やし、ニッパヤシをくべます。4時間近く燃やし続けました。その炭と塩が混じったものに水を加え、布で濾します。準備してもらった布の目が荒くて、ろ過した液体は墨汁のような色。もう数回ろ過すればよかったのかもしれませんが、日も暮れてきたので、そのまま煮詰めます。2時間後、鍋の底に黒い粉末が残りました。なめてみるとたしかに塩っ辛い。150gほどの灰混じりの塩が採れました。

 

<反省点>

葉の水分量が多く、燃やすのに相当なエネルギーと時間を費やしてしましました。ニッパヤシの葉のみで燃えるくらいまで天日干しをして、水分を排除しておけばよったと思います。また、灰と塩が混じった液体を濾す布は、もっと目の細かいものが必要です。今回は灰を濾しきれませんでした。

<帰国後の作業>

カリマンタンで取り出した墨汁のような灰混じりの塩。帰国後これを2リットルほどの水に溶かし、紙製のコーヒーフィルターで濾しました。時間がかかりましたが、ろ液は透明です。煮詰めますと、約100gほどの塩が採れました。

<まとめ>

ニッパヤシという植物から塩を取り出す、という試みでした。いろいろと改善点はありますが、これまで経験したことも、聞いたこともない試みを、快く引き受け、多大な労力を割いていただいたハラパン村の青年団に感謝です。おそらくニッパヤシの葉を切り出すのに、イリエワニのいる川に飛び込み、村まで運び、当日は燃えない葉を細かく切り刻み、薪を4時間以上、燃やし続けた青年団のみなさんがどれほど心強かったか!それだけの労力をかけたのに得られたのは黒い粉末がひとすくい。青年団の皆さんはどう思ったのでしょうか。気になります。帰国後、再ろ過したものを煮詰めると、それなりの塩が得られたので、これをぜひとも青年団の皆さんに見てもらいたいと考えています。またこの100gほどのニッパヤシ塩、どれくらいの価値があるのか、客観的に評価できればと思っています。